佐藤由美子の音楽療法日記

Journey Into Wholeness

音楽は言葉にできないものを表現する

音楽は、人が言葉で言い表せないこと、

しかも黙ってはいられないことを表現する

ビクトル・ユーゴー

Love

ある清々しい春の朝、ホスピスは重苦しいムードに包まれていました。その日の朝、新しい患者さんの息子さんが、刑務所からお見舞いに来た、と同僚から聞きました。これが、患者さんと息子さんにとってどんなに辛いことだったかを思い、心が沈みました。

米国の囚人は通常、自分の家族が死に近づいている場合、二つの選択肢が与えられます。家族が死ぬ前に会いに行くか、葬儀に出席するかのどちらかです。両方を選択することはできないので、どちらかの選択を迫られます。患者さんの息子さんがホスピスにお見舞いに来たということは、これが最後の別れになるということだったのです。

手錠をかけられ、オレンジ色の囚人服を着て、警察に護衛されながら病気の父親に別れを告げに来た息子さんは、どんな気持ちだったでしょう。とても屈辱的で悲しかったはずです。そして患者さんにとっても、このような形で息子さんと最後の面会をするということは、どんなに辛い事だったでしょう。これは、ホスピスのスタッフやボランティアなど、携わった全ての人々に悲しみをもたらしました。

その患者さんをここでは、ジョンと呼びます。ジョンは、数回にわたって脳梗塞を経験した、49歳の男性でした。ホームケア(ホスピスのスタッフが患者さんの自宅を訪問して、サービスを提供すること)の患者さんでしたが、息子さんが刑務所からお見舞いに来れるように、数日間ホスピスの病棟に入院したのです。

その日の午後、部屋を訪ねると、ジョンは窓の外を見ながらベッドに横たわっていました。自己紹介をし、ジョンにいくつか質問をしみて初めて、私は彼が言葉を話せない事に気づきました。脳梗塞が原因で、ジョンは発話能力を失ってしまったのです。

それでもジョンは、自分がギターを以前弾いていたことを、ジェスチャーで表現してくれました。音楽が聴きたいかどうか質問すると、うなずいたので、私はギターの伴奏で「You’re My Sunshine」を歌いました。するとジョンは、涙目になりました。

歌の後、ジョンは、その日の朝の息子さんとの対面について、ジェスチャーで表現し始めたのです。息子さんとは3年ぶりの再会であったこと、対面がいかに辛いものであったか、そして息子さんと抱擁をかわしたことや、言葉は話せなくても心で通じ合ったことなどを教えてくれました。、ジョンは、もう2度と息子さんと会えないことを知っていました。話すことができなくても、彼の辛い気持ちは明らかでした。ジョンは泣きながら、一生懸命自分の気持ちを表現したのです。

しばらくしてジョンは泣き止み、テーブルの上の紙を指差しました。その紙には電話番号が書いてあり、その番号に電話をするようにと、ジェスチャーしたのです。電話をかけると、ジョンの奥さんとつながりました。

私が自己紹介をすると奥さんは、「ジョンは本当に音楽が好きなの。今日はジョンにとって、本当に大変な一日だったと思うわ。だから、訪問してくれてありがとう」と言いました。

するとジョンは、もう一度私に何かジェスチャーし始め、どうやら奥さんのために私に歌って欲しい、というような内容ではないかと察しました。それを確認のために聞くと、ジョンはうなずいたので、私は彼に電話を渡しました。するとジョンは不自由な体で、できるだけ受話器を私に近づけたのです。奥さんに歌を聴いて欲しい、という気持ちからだったのだと思います。

ジョンの奥さんに対する愛情は、言葉が無くても伝わってきました。しかしジョンは、もう奥さんに言葉で愛情を表現することは不可能でした。それを考えて、私はエルビス・プレスリーの「Love Me Tender」を選曲しました。そして、ジョンと電話越しに居る奥さんのために、歌いました。

ジョンは曲の間、泣きながら必死に受話器を私の方に向けていました。歌の後、2人にプライバシーが必要だと感じたので、私は1度部屋を出ることにしました。すると、ジョンが奥さんに「I… lo..love… you」 と言ったのがドア越しに聞こえたのです。私はそれまで、またそれ以降も、こんなに一生懸命にこの言葉を言った人を見た事がありません。

しばらくしてジョンの部屋にもどると、彼は微笑んで「Thank you」と口を動かしました。 そしてジョンは、数日後自宅に帰ったのです。

気持ちを的確に表現する言葉が見つからない場合が、時にはあります。ジョンの場合は言葉が話せなかったわけですから、まさにその通りでした。辛い時にジョンの気持ちを安らげたのは、奥さんへの愛情。「Love Me Tender」の曲が、ジョンの気持ちを反映したのだと思います。

ジョンとの出会いは忘れられないものです。音楽が言葉にできないものを表現する、ということを教えてくれた人だからです。フランス人の詩人、ヴィクトル·ユゴーの言葉を思い出します。「Music expresses that which cannot be put into words and that which cannot remain silent」音楽は、人が言葉で言い表せないこと、しかも黙ってはいられない事柄を表現するという意味です。ジョンとの音楽療法セッションは、まさにその通りだったと思います。

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***ジョンのストーリーは『ラスト・ソング 人生の最期に聴く音楽』(ポプラ社)で詳しく書きました。

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投稿日: 12/16/2013 投稿者: カテゴリー: ホスピス緩和ケア音楽療法 タグ: , , ,

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