佐藤由美子の音楽療法日記

Journey Into Wholeness

音楽で癒すということ

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「ダニエルを訪問してみてくれない?手の尽くしようがないのよ」

クリスマス前のある日、ベテラン看護師のジュディ―に呼びとめられた。ダニエルは、昨夜私の勤めるホスピス病棟に入院してきた、50代の男性だった。

「いくら薬を投与しても、ベッドから降りようとしたり、手足をばたつかせたりしているの。ドクターとも相談していろいろ試してみたんだけど、全然効果がなくて……」

それまでジュディ―とは何年も一緒に働いてきたが、彼女がこんなに心配した顔は初めて見た。

ダニエルは「ターミナルアジテーション」という状態にある患者さんだったのだ。ターミナルアジテーションは、死が迫った患者さんによくある現象で、精神状態が不安定になることを指す。ホスピスを専門とする音楽療法士として、私は今までこのような状態にある患者さんを数えきれないほど診てきた。

ターミナルアジテーションにある患者さんには、薬を投与して落ち着かせるのが一般的だ。しかし、全ての患者さんを薬だけで安定させるのは不可能だ。なぜなら、痛みの原因は身体的なものだけではなく、精神的なものもあるからだ。

「音楽療法がダニエルの役に立つかもしれないわ」

ジュディ―は真剣な顔で言った。薬では治療できない痛みや苦しみを、音楽療法によって和らげることができることを、彼女は知っていたからだ。

薄暗い部屋に入ると、ダニエルはベッドに座って宙を見ていた。お見舞いに来ている家族や友人の姿はなかった。挨拶をすると彼は私の方を見たが、目線を合わせることはなく、どこか遠くを見ているようなどんよりとした目をしていた。普通の会話ができるような状態でないことは明らかだった。

ダニエルは今までどんな人生を送ってきたのだろう?もしかすると、彼には薬では和らげることができないような苦しみがあったのかもしれない。つらそうな彼の顔を見て、そう思った。

その日はクリスマスに近く、ダニエルがキリスト教徒だということを知っていたので、私はクリスマス・キャロルを弾くことにした。

ベッドの脇に座り、彼の呼吸に合わせながらキーボードを弾いた。少しずつテンポを遅くすることで、彼をリラックスさせようと試みた。しかし、ダニエルは目を閉じて眠りについたかと思えば、またすぐに目を開け、手足をバタバタさせベッドから降りようとした。

ところが、私が歌を唄いはじめると、彼に変化が現れた。”The First Noel(牧人ひつじを)”などのクリスマス・キャロルを唄うと、ダニエルの表情は次第に穏やかなになり、彼の体から力が抜けていくのがわかった。そして何曲か唄った後、彼はようやく眠りについたのだ。

私はセッションを終え、ダニエルを起こさないように静かに部屋を後にした。

その数分後、誰かが私の肩をそっとたたいた。振り向くと、優しく微笑むジュディ―の姿があった。

「ユミ、たった今ダニエルが亡くなったわ。音楽が彼に届いたのね。ありがとう」

私が部屋を出た数分後、彼は息をひきとったらしい。音楽を聴いて、安らかに眠りについたダニエルの顔が私の頭をよぎった。

患者さんが安らかに最期を迎えるお手伝いをすることが、私たちホスピスで働く者の仕事。そのためには、患者さんの身体的な痛みだけではなく、心のケアをすることが大切だ。ダニエルは私たちにそれを教えてくれた。

あの日、彼にどんな苦しみがあったのかはわからない。でも最後に、音楽で少しでも彼の心が癒されたことを、私は願っている。

 

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